悪魔の策略に対抗して立ちうるために、神の武具で身を固めなさい。エフィソの信徒への手紙6.11

神の武具

人生は戦いです。キリスト者の人生はより厳しいものになります。そして、信仰に生き福音を告げ知らせる仕事に就く者の人生は一番厳しいものです。わたしたちの敵は、既に敗北しているのですが、あたかも自分にはまだ何らかの力があるかのように、恥も顧みずむやみやたらにわめき散らいしています。ペテロの手紙一 5.8で、ペテロは諭しています。「身を慎んで目を覚ましていなさい。あなたがたの敵である悪魔が、ほえたける獅子のように、だれかを食い尽くそうと探し回っています。」 敵は獅子ではありません。あたかも獅子であるかのように吠えたけているだけです。

無知なキリスト者は、彼の餌食です。疑いや、恐れや、自己憐憫(自分のことを自分でかわいそうだと思い、自分の不憫な状況を憐れむこと)、世俗心、欲情などが、敵が彼らの誘惑に使う手ごろな道具です。これらを彼らの頭の中に吹き込み、何度も何度も繰り返し流すことが彼の仕事です。敵を無視しなさい。本当の獅子は勝利者であるキリストなのです。

  最初の地上での仕事のなかで、イエスは荒れ狂う海やおそってくる病気、死などをすべて静めました。そして、「すべては成し遂げられた!」(ヨハネ19.39)と宣言されたのです。 神様の兵士として、エフィソの信徒への手紙6.14-18に書かれている神の武具をすべて身につけましょう。そして、戦場に立ち、すべての戦いに勝利しましょう。というのも、戦いは神様のもので、私たちは神様の兵士にすぎないのですから、勝利は決まっているのです。この神秘を信じ、実践し、宣言し、人生のすべてのことにおいて勝利を得ましょう。

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