いのちがけの愛
この世界が偉大な業績だと讃えるものは沢山あり、これらを達成した人は称賛されます。しかし、至上の偉業と讃えられるものは、たった一つしかありません。それは、友が永遠に生きることができるように、自分のいのちを犠牲にすることです。「友」ということばの本当の意味が指し示す偉業です。イエス様の友人たちは、イエス様ご自身から「友」と呼ばれるという、この世界でもっとも貴重な特権を持っていました。なぜなら、友情以上の愛はこの世界に存在しないからです。「愛は何によって測ることができるでしょう。友のためにいのちを投げ出すこと、これより大きな愛はありません。 わたしの命令に従う人は、わたしの友です。」(ヨハネ 15:13-14)わたしたちは、一生かけてこの真の友情という名の愛について考え十分に理解しなくてはなりません。それは、もっとも純粋な愛の形です。この真実を理解したとき、パウロの人生は大きく刷新しました。わたしたちもこの神秘を手に取ることができるようにと、パウロは言っています。「キリストは全人類のために死んでくださいました。それは、キリストから永遠のいのちをいただいて生きる人がみな、もはや自分を喜ばせるためではなく、自分のために死んで復活されたキリストに喜ばれるように生きるためです。」(2 コリント 5:15)主のために生きることが、この≪いのちがけの愛≫に応答できる唯一の道です。
天のお父様、わたしにいのちがけの愛をお与えくださり感謝いたします。この愛はわたしが自分で努力して勝ち取ったものではなく、あなたが与えてくださったものです。この愛をわたしが自分の人生で体験し生きることができるように、そして、真の愛を必要としている人に、あなたに倣い、愛を届けることができるよう、聖霊様がわたしを導いて下さいますように。イエス様のもっとも愛に満ちたお名前において、アーメン。