主を恐れることは知恵の初め、聖なる方を知ることは悟りである。箴言9:10

知恵の源泉に歩み寄りなさい

知識と知恵はまったく異なるものです。知識は人間が努力によって深めることのできるもので、人間はずっとこれを追及しています。教育機関の設立目的や目標も、様々な方法で学生が知識を習得し、知の最高峰を達成できることを狙ったものです。しかし、知恵の領域は知識とはまったく異なるもので、人間の努力て到達することも、操作することもできません。知恵は、その源に、恐れと敬いの念から謙遜な態度で歩み寄る人に与えられるものです。ソロモンは知恵の必要を理解できる程に、賢い人物でした。そこで祈りました。「主はソロモンのこの願いをお喜びになった。神はこう言われた。『あなたは自分のために長寿を求めず、富を求めず、また敵の命も求めることなく、訴えを正しく聞き分ける知恵を求めた。見よ、わたしはあなたの言葉に従って、今あなたに知恵に満ちた賢明な心を与える。あなたの先にも後にもあなたに並ぶ者はいない。』」(列王記3:10-12)わたしたちも、この賢者を見習い、いかなる地上の知識よりも優れたものである知恵を頂きましょう。ソロモンは言います、「主を恐れることは知恵の初め、聖なる方を知ることは悟りである。」(箴言9:10)

 

天のお父様、知恵の源泉に至る道を開示して下さり感謝いたします。聖霊様が、わたしが畏れと敬いの念からあなたのみ前にひざまずき、分別と知恵の賜物を頂くことができるようにしてくださいますように。イエス様のもっとも美しいお名前において、アーメン。